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秋の海水浴場に行ってみたことがありますか。なぎさに破れた絵日傘が打ち寄せられ、歓楽の跡、日の丸の提灯(ちょうちん)も捨てられ、かんざし、紙屑、レコオドの破片、牛乳の空瓶、海は薄赤く濁って、どたりどたりと浪打っていた。 緒方サンニハ、子供サンガアッタネ。 秋ニナルト、肌ガカワイテ、ナツカシイワネ。 飛行機ハ、秋ガ一バンイイノデスヨ。 これもなんだか意味がよくわからぬが、秋の会話を盗み聞きして、そのまま書きとめて置いたものらしい。 また、こんなのも、ある。 # by herrokityii | 2006-02-18 15:19 緒に忍び込んで来ているのに。秋は、根強い曲者(くせもの)である。 怪談ヨロシ。アンマ。モシ、モシ。 マネク、ススキ。アノ裏ニハキット墓地ガアリマス。 路問エバ、オンナ唖ナリ、枯野原。 よく意味のわからぬことが、いろいろ書いてある。何かのメモのつもりであろうが、僕自身にも書いた動機が、よくわからぬ。 窓外、庭ノ黒土ヲバサバサ這(は)イズリマワッテイル醜キ秋ノ蝶ヲ見ル。並ハズレテ、タクマシキガ故ニ、死ナズ在リヌル。決シテ、ハカナキ態(てい)ニハ非ズ。と書かれてある。 これを書きこんだときは、私は大へん苦しかった。いつ書きこんだか、私は決して忘れない。けれども、今は言わない。 捨テラレタ海。と書かれてある。 # by herrokityii | 2006-02-18 15:15 いつか郊外のおそばやで、ざるそば待っている間に、食卓の上の古いグラフを開いて見て、そのなかに大震災の写真があった。一面の焼野原、市松の浴衣(ゆかた)着た女が、たったひとり、疲れてしゃがんでいた。私は、胸が焼き焦げるほどにそのみじめな女を恋した。おそろしい情慾をさえ感じました。悲惨と情慾とはうらはらのものらしい。息がとまるほどに、苦しかった。枯野のコスモスに行き逢うと、私は、それと同じ痛苦を感じます。秋の朝顔も、コスモスと同じくらいに私を瞬時窒息させます。 秋ハ夏ト同時ニヤッテ来ル。と書いてある。 # by herrokityii | 2006-02-18 15:15 トンボ。スキトオル。と書いてある。 秋になると、蜻蛉(とんぼ)も、ひ弱く、肉体は死んで、精神だけがふらふら飛んでいる様子を指して言っている言葉らしい。蜻蛉のからだが、秋の日ざしに、透きとおって見える。 秋ハ夏ノ焼ケ残リサ。と書いてある。焦土である。 夏ハ、シャンデリヤ。秋ハ、燈籠。とも書いてある。 # by herrokityii | 2006-02-18 15:14
『いいよ、いいよ。』私は、そして、無理遣りに彼女の頬を両腕の中におさえた。――そんな病気は、世界中の何万何億と云う男と女とを、久しい時代に渡って一人一人つないで来た――云いかえれば、男女の間の愛と同じ性質のものである――と云っ[#「っ」は底本では「つ」、153-17]た、アレキサンダー君の言葉を思い出しながら……
# by herrokityii | 2006-02-18 15:14
私達は予定通り、恰度一時間を費して、インタアナショナルを出た。 真暗な河岸通りに青い街灯が惨めに凍えて、烈しい海の香りをふくんだ夜風が吹きまくっていた。 元町ヘ抜けて、バンガロオへ寄って、そこで十二時になるのを待った。アレキサンダー君が、このダンス場の看板時間まで踊り度いと云うので、踊の出来ない私は、ぼんやりウイスキーを舐めるばかりで、旺んなホールの光景を見物しながら待っていたわけである。 ヘベれけに酔っぱらった大そう年をとり過ぎた踊子(ダンサー)が、私の傍へ来て、ポートワインをねだるので、振舞ってやると、やがて彼女は、ダンス位出来なくては可哀相だから、教えてやると云って、私の両手を掴んで立ち上がるのであった。 だが、彼女は直ぐに、蝋引きの床の上に滑ってころがった。何度でもころがった。 私は到頭、やっかいな老踊子を、静かに長椅子(クッション)の上に寝かしてやらなければならなかった。 十二時にバンガロオを追い出されて、私達はさて、大方寝てしまった元町通りを、真直に徒歩で大丸谷へ向った。 『大丸谷は本牧より半分安いですが、悪い。そして、日本人は好かれませんよ。』と、アレキサンダー君は、私と腕を組ませて歩きながら云った。 草の生えている真暗な坂道を上がって行くと、左側に何々ホテルと記した、軒燈りの見える家が幾軒となく立ち並んでいた。 私達はその中で、一等堂々として見える新九番館(ニュウ・ナンバア・ナイン)を的にして行ったのだったが、玄関も窓も、すっかり暗くなっていたので、已を得ず、その裏側にある東京ホテルの玄関を敲いた。 『何国?――』と云う声と共に、傍の小窓が開いた。 窓明りを背負って現われた黒い女の顔は、玄関の扉にくっ着いているアレキサンダー君よりも、その後に立った私の方を主に窺った。 『支那人(チャニス)。』とアレキサンダー君が咄嗟に答えた。が、『満員!――』そして忽ち、窓は閉まった。 『ちえッ!――』アレキサンダー君は、唾を甃石の上へ吐きつけた。 『チボリヘ行っても寝ています、本牧へ行きましょう。』 『オールライト!』 と、私は答へた。 私達は、それから本牧へタキシイを駛らせながら、十二天と小港の何れを択ぶべきかと相談した。 そして結局、キヨ・ホテルはブルジョワ・イデオロギイであると云うので、後者をとることになった。車は夜更けの海辺を疾走した。 狭い横町を左へ折れて、梅に鴬の燈りが灯っているホテルの前を過ぎると、間もなくアレキサンダー君は車を停めさせた。私達は、エトワールと云うホテルに入った。ひきつけとも云うべき明るい広間に、十人もの六月の牡丹の如く絢爛たる女が並んでいた。 アレキサンダー君には、すでに馴染があったが、私はその中で、最も自分の気に入ったどの女をでも、選択することが出来たのである。 女達はアレキサンダー君を、『サーシャ』『サーシャ』と呼んで取り巻いた。アレキサンダー君の女は、頭を美事な男刈にした、眉根の険しい感じのする、十七八にしか見えない小娘であった。 『サーシャ、タンゴ――』と、その女は直ぐに男の体に絡みついた。 私は自分の女を択ぶことを、『酒場さん』なる鴇母(おば)さんに催促された。私は大勢の女の一等後の方で、蒼い顔をして外っぽを向いている、痩せた女を指してしまった。 彼女はさっきから、私の心を殊の外惹いていた。それと云うのは、彼女は他の女達のように、私へ笑いをかけることをちっともしなかったし、それに脆弱な花のように、ひどくオドオドとした哀れな風情が、その大きな愁しげな眼や、尖った肩さきなどに感じられたからである。 併し、これは鴇母さんにも、他の女達にもまたサーシャにも、少からず意外であるらしかった。が、私は彼女を膝の上に腰かけさせて、その艶のない頬を撫でてやった。 私共は二人分として二十五円払った。勘定が済むと、それぞれの寝室へ入った。私の女は、私の衣服をたたんで、鏡台のついた箪笥へしまってくれた。『あなた、偉い方?』と女は私の髪を骨ばった指で弄びながら訊いた。女の声は喉もとで嗄がれて、長い溜息のような音を立てた。 『ああ、華族様さ。けれども男爵だよ。』と、私は嘘を吐くのであった。 『そう、いいわねえ。』彼女の声は風のように鳴った。 『君、病気なんだね。肺病だろう?』 『ごめんなさいね――あたし、死ぬかもわからないの。』 『いいよ、いいよ。君が死ねば、僕だって死ぬよ。』 『まあ――調子がいいわね。』私は彼女の、小さな頭を胸の中に抱いた。 『お止しなさいな。あたし、もっと悪い病気なのよ。』と、彼女は唇をそらそうと※いた。 # by herrokityii | 2006-02-18 15:13
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